HOME弁理士紹介所長主要事件簿 > 所長事件簿8



H13. 2.27 東京地裁判決 平12年(ワ)第7933号

口頭弁論終結日 平成13年1月30日



※被告補佐人として関与

主 文

 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 1 被告は,別紙原告物件目録記載の超音波流量計を製造し,譲渡し,譲渡の申出をしてはならない。
 2 被告は,原告に対し,金500万円及びこれに対する平成12年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実等
 (1) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」という。また,本件特許権に係る明細書(甲2)を,「本件明細書」という。)を有している。
   特許番号    特許第2793133号
   登録日     平成10年6月19日
   出願日     平成6年8月31日
   優先権主張日  平成5年9月1日
   発明の名称   貫流容積測定装置
   特許請求の範囲請求項1
「走行時間差法に基いて作業する,液体の容積流を測定するための貫流容積測定装置であって,測定導管(2)と第1測定ヘッド(5)と第2測定ヘッド(6)とを備えている形式のものにおいて,
測定導管(2)が,夫々1つの測定ヘッド(5,6)から発信される音波信号が液体よりも小さな音波速度で伝達されうるような材料から成っていることを特徴とする貫流容積測定装置。」
 (2) 本件発明は,次のように分説される。
  A 走行時間差法に基いて作業する,液体の容積流を測定するための貫流容積測定装置であって,
  B 測定導管(2)と第1測定ヘッド(5)と第2測定ヘッド(6)とを備えている形式のものにおいて,
  C 測定導管(2)が,夫々1つの測定ヘッド(5,6)から発信される音波信号が液体よりも小さな音波速度で伝達されうるような材料から成っている
  D ことを特徴とする貫流容積測定装置。
 (3) 被告は,超音波流量計を,製造し,譲渡し,譲渡の申出をしている。
 2 本件は,本件特許権を有している原告が,被告に対し,被告が製造等をしている超音波流量計は,本件発明の技術的範囲に属するから,被告によるこの装置の製造等は,本件特許権の侵害であると主張して,この製造等の差止め及びこの侵害による損害の賠償を求める事案である。
第3 争点及びこれに関する当事者の主張
 1 争点
 (1) 被告が製造等をしている超音波流量計の特定
 (2) 本件特許が明らかに無効であるかどうか。
 (3) 被告が製造等をしている超音波流量計が本件発明の技術的範囲に属するかどうか。
 (4) 損害の発生及び額
 2 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点(1)について
 (原告の主張)
  被告が製造等をしている超音波流量計は,別紙原告物件目録記載のとおり特定される。
 (被告の主張)
 被告が製造等をしている超音波流量計は,別紙被告物件目録記載のとおり特定される。
 (2) 争点(2)について
 (被告の主張)
  ア 本件発明は,その優先権主張日前に頒布された原告のパンフレット(乙1。以下「本件パンフレット」という。)に記載された発明であるから,特許法29条1項3号により特許を受けることができない。
  (ア) 本件パンフレットは,液体用超音波流量計「UCUF」のパンフレットであるが,その概要の欄に,「接液部はすべてPFAで構成され・・・」と記載され,裏面の外形寸法表からも,材質がPFAであることがわかるが,PFAは,構成要件Cの「材料」に当たり,本件明細書の実施例にも開示されている。また,本件パンフレットの「流量のセンシングは外部からの超音波により行いますので『無接触,無可動部』の流量計測を達成しました。」「半導体製造プロセスにおける純水・超純水,薬液などの流量計測に最適です。」との記載は,構成要件A,B及びDを開示するものである。さらに,標準仕様の欄に,製品の写真が掲載されているが,これは,本件特許に係る図面(図2)と全く同一である。
  (イ) 本件パンフレットが,本件発明の優先日前に公然頒布されたことは,このパンフレットに発行日として「APR.1993」と記載されていること,被告がこのパンフレットを平成5年7月ころ取引先から複数枚入手していること,本件パンフレット記載の製品の取扱説明書が同年5月に作成されていることから,明らかである。
  イ 原告は,平成3年12月5日ないし7日に,幕張メッセで開催された「セミコン・ジャパン91」において,本件発明の実施品である微小口径超音波流量計「UCUF」を出品し,その構造を公然と明らかにしたから,本件発明は,優先権主張日前に公然知られた又は公然実施されたものとして,特許法29条1項1号又は2号により特許を受けることができない。
  ウ 本件発明は,妨害信号が測定ヘッドまで到達することがその前提となっており,妨害信号よりも前に測定対象の液体の音波信号が一方の測定ヘッドから他方の測定ヘッドに到達することにより発明目的が達成される。ところが,測定導管にPFAを用いた場合,液体の種類によっては,妨害信号が測定対象の液体の音波信号よりも早く一方の測定ヘッドから他方の測定ヘッドに到達するものがあり,このような液体については,測定不能である。したがって,本件発明は,測定対象によって,測定可能であったり,測定不能であったりするから,特許請求の範囲の記載が不明確であって,特許法36条6項所定の要件を具備しておらず,無効である。
 (原告の主張)
  ア 原告は,平成5年10月以前に,本件パンフレットを頒布したことはない。
 本件パンフレットに記載した製品は,本件パンフレットを作成したころには,ドイツのクローネ社との話合いがまとまっていなかったので,完成しておらず,同年11月に完成したものである。
 原告は,本件特許をクローネ社から譲り受けたものであるが,自己の行為により特許が無効になるのであれば,本件特許を譲り受ける必要がなかった。
  イ 原告は,「セミコン・ジャパン91」には,本件発明の技術的範囲に属さない超音波流量計を出品した。
 また,この超音波流量計は,その全体を塩化ビニルの筒体に収納されて展示されていたから,外部からその外観を認識できない状態であった。
 (3) 争点(3)について
 (被告の主張)
  ア 前記のとおり,本件発明は,妨害信号が測定ヘッドまで到達することがその前提となっており,妨害信号よりも前に測定対象の液体の音波信号が一方の測定ヘッドから他方の測定ヘッドに到達することにより発明目的が達成される。ところが,被告が製造等をしている超音波流量計は,振動子取付ブロックと振動子との間にギャップ(別紙被告物件目録g)があるから,妨害信号が測定ヘッドまで到達しない。したがって,この超音波流量計においては,本件発明の作用効果を奏しない。
  イ 前記のとおり,本件発明は,液体の種類によって,測定可能になったり,測定不能になったりするものである。ところが,被告が製造等をしている超音波流量計は,上記アのとおり,妨害信号が測定ヘッドまで到達しないので,液体の種類によって,測定可能になったり,測定不能になったりすることはないから,この点においても,本件発明とは異なる。
  ウ 前記のとおり,本件発明は,液体の種類によって,測定可能になったり,測定不能になったりするものであって,特許請求の範囲が特定されていないから,被告が製造等をしている超音波流量計が,本件発明の技術的範囲に属するということはできない。
 (原告の主張)
  ア 被告が製造等をしている超音波流量計は,測定導管2と第1測定ヘッド5,測定導管2と第2測定ヘッド6との間にギャップはないから,本件発明の作用効果を奏する。
  イ 被告が製造等をしている超音波流量計は,純水の貫流容積を測定する装置であるが,純水は,PFAよりも速く音波が伝達される液体であるから,本件発明の作用効果を奏する。
 (4) 争点(4)について
 (原告の主張)
被告は,平成10年10月ころから,別紙原告物件目録記載の超音波流量計を製造し,譲渡し,譲渡の申出をしているところ,その現在までの売上高は2000万円を下らず,その純利益は,売上高の30パーセントと認められるから,600万円を下らない。
 原告は,このうち,500万円を請求する。
 (被告の主張)
  損害の発生及び額については争う。
第4 当裁判所の判断
 1 争点(2)について
 (1) 本件パンフレットの記載について
   証拠(甲2)と弁論の全趣旨によると,本件明細書には,本件発明の課題は,公知の貫流容積測定装置を改良して,貫流容積の測定が評価技術的に簡単で同時に確実に実行しうるようにすることであること,本件発明は,測定導管に,測定ヘッドから発信される音波信号が液体よりも小さな音波速度で伝達されうるような材料を用いることで,この課題を解決したこと,測定導管の材料としてPFA(パーフルオロアルキル)を用いた場合,その中の音波速度が,液体中の音波速度よりも小さくなることの各記載があるものと認められる。
 証拠(乙1)と弁論の全趣旨によると,本件パンフレットは,原告の超音波流量計「UCUF」のパンフレットであること,本件パンフレットに記載されている超音波流量計は,走行時間差法に基いて作業する,液体の容積流を測定するための貫流容積測定装置であること,上記流量計は,測定導管,第1測定ヘッド及び第2測定ヘッドを備えており,測定導管の材料としてPFAが用いられていること,以上の事実が認められる。
 以上の各事実によると,本件パンフレットには,本件発明が記載されていると認められる。
 (2) 本件パンフレットの配布について
  ア 本件パンフレットの製作時期について
    証拠(乙1)によると,本件パンフレットには,発行日として「APR.1993」との記載があることが認められ,この事実に証拠(乙24,27,乙28の1,2,乙29の1ないし6,証人【C】)を総合すると,本件パンフレットは,平成5年4月に製作されたものと認められる。
  イ 本件パンフレットの配布時期について
  (ア) 証拠(乙19,20,30,31,証人【D】,同【C】)と弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
被告の従業員である【C】(以下「【C】」という。)は,被告と競争関係にある原告の動向を調査するため,被告と原告の共通の取引先である会社から,本件パンフレットを入手した。
 【D】(以下「【D】」という。)は,ヤマハ株式会社で,半導体関連の業務に従事していたが,平成5年7月,九州プラスチック有限会社(以下「九州プラスチック」という。)に入社し,半導体の洗浄槽等の企画設計等を担当するようになったので,半導体の洗浄槽等の部品の仕入先を開拓するため,ヤマハ株式会社時代の部下であった【C】に,流量計等のパンフレットの送付を依頼した。これに対して,【C】は,同年7月ころ,被告のパンフレットなどと共に,本件パンフレットのうちの1枚を【D】に送付した。
 九州プラスチックは,同年8月に,【D】を担当者として,被告の仕入先として登録され,また,【D】は,同月ころ,【C】に対し,鹿児島NECを,取引先として紹介した。
  (イ) 証拠(乙20,証人【C】)によると,【C】が【D】に本件パンフレットを送付した時期について,【C】ははっきりと記憶しておらず,【D】の記憶に基づいて平成5年7月ころと特定したことが認められるから,上記時期を直接特定する証拠は,証人尋問における【D】の証言及び乙19(【D】の陳述書)の記載のみである。しかし,証拠(証人【D】)によると,【D】は,現在,個人で事業を経営しているが,被告とは何ら取引関係がないことが認められるから,【D】が,あえて虚偽の供述をする理由があるとは認められないこと,【D】は,九州プラスチックに入社したころということで上記時期を特定しているが,そのようにして時期を記憶していることは何ら不自然ではないこと,上記(ア)認定のとおり,九州プラスチックは,【D】を担当者として被告に仕入先として登録されたり,【D】は,被告に,取引先として鹿児島NECを紹介したりしているが,これらの事実については,客観的な証拠(乙30,31)があり,証人尋問における【D】の上記証言及び乙19の上記記載の裏付けとなっていることを総合すると,証人尋問における【D】の上記証言及び乙19の上記記載は,十分に信用することができるものであるということができる。
  (ウ) 証拠(甲6,7)によると,被告が,本件特許についての特許異議申立書において,本件パンフレットの頒布時期を平成5年4月と主張していたこと,本件特許についての無効審判請求書において,本件パンフレットの頒布時期を同年4月と主張し,【C】が【D】に本件パンフレットを送付した時期を同年5月ころと主張していたことが認められ,また,被告が本件訴訟の答弁書において,本件パンフレットの頒布時期を同年4月と主張していたことは当裁判所に顕著である。
 しかしながら,【C】から【D】に対する本件パンフレットの送付時期は,原告による本件パンフレットの頒布時期と一致するとは限らないから,頒布時期に関する被告の上記主張は,【C】から【D】に対する本件パンフレットの送付時期が7月ころであるとの上記認定と矛盾するものではなく,本件パンフレットに記載されている日付が平成5年4月であったことからすると,被告が,原告による本件パンフレットの頒布時期を平成5年4月と主張したからといって,不自然ではない。また,【C】が【D】に本件パンフレットを送付した時期を同年5月ころと主張していたことは,【C】から【D】に対する本件パンフレットの送付時期が7月ころであるとの上記認定と矛盾するが,証拠(甲6,乙19)と弁論の全趣旨によると,上記無効審判請求時には,被告はいまだ【D】の陳述書も入手していない段階で,【C】が【D】に本件パンフレットを送付した時期について正確な主張をすることが必ずしも容易でなかったと推認することができるうえ,上記(イ)で認定したとおり証人尋問における【D】の証言及び乙19の記載の信用性が高いことを考慮すると,上記矛盾は,上記(ア)の認定を覆すに足りるものではない。
  ウ 本件パンフレット記載の製品の販売について
    証拠(甲2,8ないし10,乙1,乙5の1ないし4,証人【E】)によると,本件パンフレットにおいては,表の写真の製品と裏の図面の製品が異なっていること,原告は,平成5年初めころには表の写真の製品の試作品を完成していたこと,原告は,同年夏ころまでには裏の図面の製品の販売を開始する予定であったこと,しかし,ドイツのクローネ社との合意がまとまらなかったため,実際に裏の図面の製品の販売を開始したのは,同年11月であったこと,表の写真の製品も裏の図面の製品も,基本的な技術内容は異なるものではなく,いずれも上記(1)認定の各点を含んでいること,本件特許は,クローネ社が原告に断ることなく出願したものであること,以上の事実が認められる。
 以上の事実によると,実際に本件パンフレットの裏面に記載された製品の販売が開始されたのは,平成5年11月であるが,原告は,本件パンフレットの作成時,この製品を製造する技術を有しており,同年夏ころまでにはこの製品の販売を開始する予定であったのであるから,原告が同年7月以前に本件パンフレットの配布を行ったとしても不自然ではない。また,本件特許は,クローネ社が原告に断ることなく出願したものであるから,原告が,本件特許の出願を考慮して,本件パンフレットの配布を控えるといったことは考えられず,本件特許出願との関係からいっても,原告が同年7月以前に本件パンフレットの配布を行ったとしても不自然ではない。
  エ 以上によると,原告は,平成5年7月ころまでには,本件パンフレットを取引先等に配布したものと認められる。
 (3) そうすると,本件発明が記載された本件パンフレットが,本件特許の優先権主張日である同年9月1日よりも前に頒布されたのであるから,本件発明は,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」に該当し,特許を受けることができない。
 (4) したがって,本件特許には,無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく差止め,損害賠償の請求は,いずれも権利の濫用に当たり許されないとするのが相当である。
 2 よって,原告の本訴請求は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部

    裁判長裁判官   森   義 之

       裁判官 岡 口 基 一

       裁判官 男 澤 聡 子





back