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H11.12.21 東京地裁判決 平10年(ワ)第8345号等

平成10年(ワ)第8345号 特許権差止請求権不存在確認等請求事件
平成10年(ワ)第17998号 特許権侵害差止等反訴請求事件
口頭弁論終結日 平成11年10月14日



※原告(反訴被告)補佐人として関与

主 文

一 原告(反訴被告)が別紙製品目録(一)、(二)記載の各装置を製造し、譲渡し、貸し渡し、又は譲渡若しくは貸渡しのために展示する行為について、被告(反訴原告)が、第二七三二三八四号特許権に基づく差止請求権を有しないことを、確認する。
二 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)が製造、販売する別紙製品目録(一)、(二)記載の各装置が被告の有する第二七三二三八四号特許権を侵害する旨の事実を第三者に告知又は流布してはならない。
三 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
四 訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一 請求の趣旨
一 本訴
主文第一、二項と同旨
二 反訴
1 原告(反訴被告。以下「原告」という。)は、別紙製品目録(一)、(二)記載の各装置を製造、販売してはならない。
2 原告は、その占有に係る別紙製品目録(一)、(二)記載の各装置を廃棄せよ。
3 原告は、被告(反訴原告。以下「被告」という。)に対し、金二二九六万二〇〇〇円及び内金九〇〇万円に対する平成一〇年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
被告は後記一2記載の特許権を有し、原告は別紙製品目録(一)、(二)記載の各装置(以下「原告各装置」という。)を製造・販売しているところ、被告は原告に対し、原告各装置の製造・販売が被告の右特許権を侵害するとして、その製造・販売の中止を求めた。
そこで、原告が、被告に対し、原告各装置の製造販売等について右特許権に基づく差止請求権の不存在確認を求めるとともに、被告は原告各装置の製造・販売が被告の有する右特許権を侵害するとの虚偽の事実を第三者に告知して不正競争防止法二条一項一三号の不正競争行為を行っている旨主張して、同法三条一項に基づき、右不正競争行為の差止めを求めたのが、本訴請求である。
他方、被告が、原告に対し、原告各装置の製造・販売が被告の右特許権を侵害するとして、右特許権に基づき原告各装置の製造・販売の差止め及び原告各装置の廃棄を求めるとともに、損害賠償として二二九六万二〇〇〇円及び内金九〇〇万円に対する侵害行為の後である平成一〇年四月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたのが、反訴請求である。
一 争いのない事実
1 原告は、イカ吊りロボット、集中制御盤、魚釣機等の漁業用省力機器一般の製造・販売を業とする会社であり、被告は、密封装置類及び密封装置関連機器製品、船用機器製品、漁業養殖用機械等の製造・販売を業とする会社である。原告と被告は、養殖貝類の耳吊り装置の製造・販売に関して競争関係にある。
2 被告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲「請求項1」の特許発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第二七三二三八四号
発明の名称 養殖貝類の耳吊り装置
出願年月日 平成七年四月七日
出願番号 特願平九ー一四一一五三号
(特願平七ー一〇七〇五八号の分割)
優先権主張 国名 日本国
出願年月日 平成六年八月一二日
登録年月日 平成九年一二月二六日
本件発明の特許請求の範囲 別紙特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおり
3 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。
A(1) ロープおよび養殖貝類の稚貝の耳部を積層状に並べ、
(2) 前記ロープおよび耳部に貫通孔を形成するとともに
(3) 前記貫通孔に係止具を刺し通す養殖貝類の耳吊り装置において、
B(1) 前記係止具を保持する送りピッチ凹部を備えるとともに
(2) 作業の進行に合わせて回転作動する供給ロータにより前記係止具を供給する
(3) ことを特徴とする養殖貝類の耳吊り装置
4 原告は、原告各装置を製造・販売している。
5 原告各装置は、いずれも本件発明の構成要件A(2)、(3)を充足する養殖貝類の耳吊り装置である。
6 被告は、原告に対し、原告による原告各装置の製造・販売が本件特許権を侵害する旨を主張して、その製造・販売の中止を求めている。
二 争点
1 原告各装置が本件発明の技術的範囲に属するか否か。
(一) 構成要件A(1)の充足性(「積層状に並べ」の解釈)
(二) 構成要件B(1)、(2)の充足性(「前記係止具」の解釈)
(三) 均等の成否
2 原告が原告各装置に関し、本件特許権について先使用による通常実施権を有するか否か(原告の先使用の抗弁の成否)。
3 原告各装置の製造・販売が本件特許権を侵害する場合、それによって被告が受ける損害の額
4 被告による不正競争防止法二条一項一三号所定の不正競争行為の存否
三 争点に関する当事者の主張
1(一) 争点1(一)(構成要件A(1)の充足性)について
(原告の主張)
(1) 構成要件A(1)にいう「積層状に並べ」るとは、次のような理由から、ロープと稚貝の耳部の配置の仕方が、垂直にして左右に並べる場合(以下「垂直置き」という。)を含まず、水平にして上下に重ねる場合(以下「水平置き」という。)に限定されるというべきである。
@ 「積層」とは「幾重にも層を重ねること」を意味し、さらに、「層」とは「重なること、重なり」を、「重ねる」とは「物の上に(同種の)物をさらにのせること」をそれぞれ意味する。右のような「積層」の語の国語上の語義からみて、「積層状に並べ」るとは、物を垂直置きする場合を含まず、水平置きの場合のみを指すものと解すべきである。
A 本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の「発明の詳細な説明」及び図面においては、貝とロープを水平置きにして位置決めする構成の装置しか記載されていない。
B 本件特許権の特許出願(以下「本件出願」という。)は、平成九年五月一六日に、特願平七ー一〇七〇五八号の特許出願(以下「本件原出願」という。)の分割出願としてなされたものであり、特許法四四条二項により、本件出願は、本件原出願の出願日である平成七年四月七日にされたものとみなされる。
ところで、本件原出願の出願当初の明細書(以下「本件原出願明細書」という。)の「特許請求の範囲」においては、請求項1ないし7のいずれについても、ロープと稚貝の耳部との位置決めにつき、「上下に積層状に重なるように」するものとされ、これらを垂直置きに並べる構成については明細書中に何らの記載もないから、本件原出願において開示されている発明は、ロープと稚貝の耳部を水平置きに重ねる構成の養殖貝類の耳吊り装置のみに限られ、これらを垂直置きに並べる構成のものは含まれないというべきである。他方、分割出願が適法なものとして特許法四四条二項の出願日の遡及が認められるためには、分割出願が原出願について補正のできる範囲で行われること、すなわち、分割出願の明細書又は図面が原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないことが必要であるから、本件出願につき、本件原出願からの分割が認められたのは、特許庁が、本件出願における発明が本件原出願で開示された事項の範囲内でないものを含まないと判断したからにほかならない。
このような本件出願の分割の経緯からすれば、本件発明における「積層状に並べ」るとは、本件原出願が開示している「上下に積層状に重なる」構成、すなわち、ロープと稚貝の耳部を水平置きに重ねる構成のみを意味し、これらを垂直置きに並べる構成を含まないものと解するのが相当である。
C 養殖用稚貝の穿孔は、重ね合わされた稚貝の耳部という非常に小さなスペースに、小さな穿孔を施すという精密な作業であるから、穿孔時の貝は完全に安定していなければならない。そして、貝を静止・安定させるには、二枚を重ね合わせるときに水平状態に置いて安定させ、その状態で穿孔する方式(載置時安定方式)と、二枚合わせのときは垂直状態に置いて、穿孔時にのみ安定させる方式(穿孔時安定方式)とが考えられるところ、原告各装置は、穿孔時安定方式を採用したものであり、穿孔時の貝の安定を保つために、耳当て部材、胴受け部材、貝ストッパー、貝押さえ部材等の構成を有している。他方、本件発明においては、原告各装置の右各部材に対応した構成は開示されておらず、右穿孔時安定方式により貝の安定を図る構成を有していないことからすれば、右載置時安定方式により貝の安定を図ることを予定しているものというべきである。
右のとおり、本件発明においては、ロープと稚貝の耳部を垂直置きに並べて穿孔する構成を想定しておらず、これらを水平置きに重ねて穿孔する構成のみを想定しているものである。
(2) 原告各装置においては、ロープ(養殖ロープ51)及び稚貝の耳部(7a)に貫通孔を形成するとともに右貫通孔に係止具(係止ピン59)を刺し通す際、二枚の対向する貝7が養殖ロープ51の両側に耳部7aを下に向けた状態で垂直状に起立する状態となるのであり、右貝及び養殖ロープを「積層状に並べ」ているとはいえないから、原告各装置はいずれも構成要件A(1)を充足しない。
(被告の主張)
(1) 構成要件A(1)にいう「積層状に並べ」るとは、次のような理由から、ロープと貝の配置の仕方が、水平置きであるか、垂直置きであるかを問わず、ロープを二枚の貝の耳部が挟み込むように位置していることを意味するものと解すべきである。
@ 本件発明の目的・効果からすると、本件発明におけるロープと貝の耳部の位置関係として必要なことは、貝の耳部とロープとを係止具で一度に刺し通すために、二枚の貝の耳部とロープが重ねて並べられるという相対的な位置関係のみであり、ロープと貝の並べ方が水平置きか垂直置きかは全く問題とならない。
A 本件発明は、まず、構成要件Aにおいて、本件発明が属する分野として公知の基本的構成を有する耳吊り装置に関する発明であることを述べ、次いで、このような公知の耳吊り装置において、新規な供給ロータを使用するものであることを、構成要件Bにおいて述べるという構成となっている。このような本件発明の構成からすれば、構成要件Aは、従来技術を前提とするものであるところ、本件原出願当時の従来技術の耳吊り装置としては、貝を水平置きにするもののみならず、垂直置きにするものも存在したから、本件発明は貝を垂直置きにする場合をも想定している。
B 本件明細書の「発明の実施の形態」の記載をみると、「シート状のカートリッジ85がストック部52に横並びの積層状にストックされる」旨の記載(「発明の詳細な説明」の「0027」)があるところ、図19によれば、カートリッジ85がストック部52に収納されている状態は、明らかに垂直置きの状態であるから、右記載における「積層状」の文言は、垂直置きの場合をも含むものとして使われている。このように同一の明細書中において、垂直置きの場合をも含むものとして「積層状」の文言が使われている以上、構成要件A(1)における「積層状」についても、垂直置きの場合を含むものと解すべきである。
C 辞書等での一般の用法からいっても、「積層状」という文言は、水平置きの場合のみに使用されるものとはいえない。
また、仮に「積層」を極めて狭くとらえて、水平方向に重ねられた層のみを表すと解したとしても、「積層状」という表現により表される内容は「積層」の概念よりも広く、「積層」に近い状態であれば、これに包含されるものといえる。
D 原告は、本件原出願はロープと稚貝の耳部を水平置きに重ねる構成の養殖貝類の耳吊り装置のみを開示しており、ロープと稚貝の耳部を垂直置きに並べる構成のものは、本件原出願明細書及び図面に記載された事項ではない旨主張する。
しかしながら、(ア)本件原出願当時における養殖貝類の耳吊り装置としては、貝を水平置きに重ねる構成のもののみならず、貝を垂直置きに並べる構成のものも当業者に周知であり、本件原出願明細書の「発明の詳細な説明」における従来技術の説明でも、貝を垂直置きに並べる構成の耳吊り装置に関する発明が記載されていること、(イ)本件発明において示されている技術思想は係止具を保持する送りピッチ凹部を備え作業の進行と共に回転作動して係止具を供給するという供給ロータの有する作用効果の点にあり、ロープと貝の耳部とが重ねられてさえいればその方向が水平置きであるか垂直置きであるかを問わず右のような作用効果が達成されるものであることは、本件原出願当時、当業者にとって自明であったこと、からすると、本件原出願明細書及び図面において、ロープと稚貝の耳部を垂直置きに並べる構成の耳吊り装置が明示的に記載されていないとしても、このような構成をも含めた耳吊り装置が当業者において容易に理解できる程度に記載されていたものということができる。
(2) 原告各装置においては、ロープ(養殖ロープ51)及び稚貝の耳部(7a)に貫通孔を形成するとともに右貫通孔に係止具(係止ピン59)を刺し通す際、二枚の貝の耳部7aが養殖ロープ51を挟み込むように位置していることは明らかであるから、右貝及び養殖ロープを「積層状に並べ」ているものということができ、原告各装置はいずれも構成要件A(1)を充足する。
(二) 争点1(二)(構成要件B(1)、(2)の充足性)について
(原告の主張)
(1) 構成要件B(1)、(2)において、送りピッチ凹部に保持されるとともに供給ロータにより供給される「前記係止具」とは、構成要件A(3)における「係止具」を指すことは明らかである。そして、構成要件A(3)における「係止具」は、ロープ及び耳部に貫通孔を形成するとともに右貫通孔に刺し通すものであるから、刺し通すことができる状態のもの、すなわち、単品に切り離された状態の個々の係止具を指すものであり、シート状のカートリッジとして連続した状態のものはこれに当たらないというべきである。
(2) 原告各装置における係止ピン59は、無端状に多数連続した状態で凹溝58aに収納されて供給ドラム58に供給されるのであるから、構成要件A(3)の「係止具」すなわち構成要件B(1)、(2)の「前記係止具」には当たらない。したがって、原告各装置はいずれも構成要件B(1)、(2)を充足しない。
(被告の主張)
(1) 原告は、構成要件B(1)、(2)の「前記係止具」が切り離された状態のもののみを指す旨主張する。
しかしながら、本件明細書においては、図18に示すカートリッジが係止具として説明され、これを切り離す時期については何ら限定されていない。現に、本件明細書の「発明の実施の形態」においても、係止具がカートリッジ式に連続した状態で供給され、その後切り離される様子が記載されている(「発明の詳細な説明」の「0027」)。また、係止具を連続状態のままで供給ドラムに供給する目的は、取扱いを容易にするための付随的なものであり、係止具が連続した状態であっても、個々の係止具本来の「刺し通し係止する」という機能が変わるわけではないから、結局、係止具が切り離された状態で供給されても、連続した状態で供給されても、「係止具」であることに変わりはないというべきである。したがって、構成要件B(1)、(2)の「前記係止具」は、切り離された状態のもののみに限定されるものではなく、カートリッジ式に連続したものも含まれる。
(2) 原告各装置における係止ピン59が、構成要件B(1)、(2)の「前記係止具」に当たることは明らかであり、原告各装置はいずれも構成要件B(1)、(2)を充足する。
(三) 争点1(三)(均等の成否)について
(被告の主張)
仮に、構成要件A(1)における「積層状に並べ」がロープと稚貝の耳部を水平置きにすることのみを意味し、これらを垂直置きにする原告各装置が「積層状に並べ」という要件を文言上充足しないとしても、@ロープと稚貝の耳部を並べる方向については本件発明の本質的部分ではなく、Aこの点を原告各装置のように垂直置きにするものと置き換えても、本件発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであり、B右のように置き換えることは原告各装置の製造等の時点において当業者が容易に想到し得るものであり、C原告各装置が本件発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、D本件発明の特許出願手続において、ロープと稚貝の耳部を垂直置きにするものが特許請求の範囲から意識的に除外されたという特段の事情もないから、原告各装置は本件発明と均等の範囲にあるというべきである。
(原告の主張)
被告の均等の主張は、弁論準備手続終結後になされたものであり、時期に遅れた攻撃防禦の主張として許されない。
また、本件においては、@ロープと稚貝の耳部を並べる方向は、本件発明の本質的部分の一部を構成するものであり、A本件発明と原告各装置とは、作用効果が同一ということができず、B原告各装置における垂直置きの技術は、当業者が容易に想到することができなかったものであり、C本件発明はロープと稚貝の耳部を並べる方向を水平置きに限定して、垂直置きを意識的に除外したものというべきであり、加えて、被告の均等の主張は分割出願の法定要件を潜脱するものとして許されないから、均等は成立しない。
2 争点2(先使用の抗弁)について
(原告の主張)
仮に、本件発明の構成要件A(1)の「積層状に並べ」が、ロープと貝を並べる方向が垂直置きの場合をも含むとすれば、前記1(一)「原告の主張」(1)Bで述べた事情により、本件明細書は本件原出願明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含むことになり、本件出願は不適法な分割出願ということになるから、出願日の遡及は認められない。したがって、本件発明は、現実の出願日である平成九年五月一六日に、新たな発明として出願されたものということになる。
他方、原告は、本件発明の右出願日より早い平成九年二月ころには、本件発明の内容を知らないで、自ら発明した原告各装置の製造・販売又はその準備をしていたのであるから、原告各装置が本件発明の技術的範囲に属するものであるとすれば、原告は、特許法七九条により、原告各装置に関し、本件特許権についての通常実施権を有することになる。
(被告の主張)
前記1(一)「被告の主張」(1)Dで述べたとおり、本件原出願明細書及び図面においては、ロープと稚貝の耳部を垂直に並べる構成の耳吊り装置についても当業者において容易に理解できる程度に記載されているのであり、本件発明が本件原出願明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含むとはいえないから、本件出願は適法な分割出願であり、その出願日は本件原出願の出願日である平成七年四月七日に遡及する。したがって、原告の先使用の主張は、失当である。
3 争点3(被告の損害額)について
(被告の主張)
(1) 原告は、平成九年一二月二六日以降、原告各装置を合わせて少なくとも、二〇台製造販売し、九〇〇〇万円を売り上げ、九〇〇万円の利益を得た。
原告の右利益の額は、被告が受けた損害の額と推定される。
(2) 被告は、自己の権利擁護のために本件本訴に応訴し、かつ本件反訴を提起せざるを得なかったところ、これらの訴訟の複雑さ及び専門性に鑑みれば、弁護士及び弁理士への委任は不可欠であり、そのために要した弁護士費用及び弁理士費用は、原告による本件特許権侵害の不法行為と相当因果関係に立つ損害である。そして、右弁護士費用としては七六〇万五〇〇〇円が、弁理士費用としては六三五万七〇〇〇円が相当である。
(3) したがって、被告は、原告に対し、損害賠償として右(1)及び(2)の合計額二二九六万二〇〇〇円の支払を請求する。
(原告の主張)
被告の主張は争う。
4 争点4(不正競争の成否)について
(原告の主張)
原告各装置は本件特許権を侵害するものではないのに、被告は、被告の販売代理店に対し、原告各装置が本件特許権を侵害する旨の説明を行った。
右は、原告と競争関係にある被告が原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を第三者に告知する行為であり、不正競争防止法二条一項一三号の不正競争行為に該当する。
したがって、原告は、被告に対し、右不正競争行為の差止めを求める。
(被告の主張)
原告の主張は、否認ないし争う。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(一)(構成要件A(1)の充足性)について
1 構成要件A(1)における「積層状に並べ」の解釈について
(一) 構成要件A(1)では、本件発明の養殖貝類の耳吊り装置において、貝吊り用のロープと稚貝の耳部に貫通孔を形成するとともにそこに係止具を刺し通す際における右ロープと稚貝の耳部の並べ方が、「積層」の状態になるものであるとされている。
そこで、まず「積層」なる用語の意義につき考察するに、「積層」とは「幾重にも層を重ねること。」(三省堂「大辞林」)、「板状のものを何枚も積み重ねること。」(小学館「国語大辞典」)を、また、「積み重ねる」とは「あるものの上に幾重にも他のものを加える。上へ上へとのせる。」(小学館「国語大辞典」)ことを、「層」とは「上へ上へと積み重なっていること。また、その重なり。」(三省堂「大辞林」)をそれぞれ意味するものであり、これらを総合すると、「積層」なる用語は、本来、「複数の物を、一つの物の上に他の物を順次のせていくように、配置すること」を意味する用語であって、「複数の物を、一つの物の隣に他の物を順次並べていくように、配置すること」をも含む概念ではないということができる。
そして、右のような「積層」の語の本来的な意味に忠実に、構成要件A(1)の「積層状に並べ」を解釈すれば、構成要件A(1)は、ロープと稚貝の耳部を水平置きにすることを要求しているのであり、これらを垂直置きにすることは、構成要件A(1)における「積層状に並べ」には含まれないというべきである。
なお、被告は、「積層」の語が右のとおりに解釈されるとしても、「積層状」との表現は、「積層」の概念よりも広く、「積層」に近い状態をも包含するものであり、垂直置きに並べることも「積層状」のなかに含まれる旨主張する。しかしながら、「××状」との表現は、物のありさまが「××」のようであることを意味する表現であるところ、「積層」とは、前記のとおり「複数の物を上下に重ねて配置する」ことを意味するのであるから、これとは全く異なった物の配置状態というべき「左右に並べる配置」が、「積層」のような状態であるといえないことは明らかである。したがって、被告の右主張も、採用することができない。
(二) また、右のような「積層状に並べ」の解釈は、次のような本件出願の経過に関する事情に照らしても、合理的なものとして是認できる。
(1) 本件出願は、平成九年五月一六日に、本件原出願からの分割出願としてなされたものであるところ、本件原出願明細書の「特許請求の範囲」においては、本件発明と同様の養殖貝類の耳吊り装置に関する発明が、請求項1ないし7として示されている。そして、このうち請求項1及び2においては、ロープ及び稚貝の耳部に貫通孔を形成し係止具を刺し通すに当たっての稚貝位置決め部の構成について、「前記ロープ(3)ならびに前記一および他の稚貝(5)の耳部(5a)が上下に積層状に重なるように前記一および他の稚貝(5)を水平方向に位置決めする」ものであることが明示されており、請求項3ないし7は、いずれも請求項1又は2を引用する形式で記載された請求項であるところ、そこでは、稚貝位置決め部の構成は右と同様のものとされている。また、「発明の詳細な説明」においても、「課題を解決する手段」の項で、請求項1及び2に関して、右同様の構成の位置決め部の説明がされ、「実施例」の項及び図面においても、二枚の稚貝を稚貝位置決め部において水平方向に位置決めし、ロープと稚貝の耳部を上下に重ねる構成の装置のみが記載されている。(以上につき、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨)
(2) ところで、本件出願のような分割出願が適法なものとして特許法四四条二項による出願日の遡及が認められるためには、@分割の基になる原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されており、A右記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること(同法四四条一項)のほかに、B分割出願が原出願について補正のできる範囲で行われることが、必要と解される。けだし、分割出願に出願日遡及の効果が認められている以上、このように解さなければ、本来許されないはずの補正が分割の方法を用いることによって実質的に可能になるという、不当な結果を招くからである。
そして、本件において、分割出願が原出願について補正のできる範囲で行われているといえるためには、分割出願の明細書又は図面が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないことを要するのであり(本件においては、平成六年法律第一一六号による改正前の特許法一七条二項による。)、具体的には、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項そのもの又は右記載事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項以外の事項を含まないことを、要するものと解すべきである(甲第三一号証一六一頁、九三頁以下参照。同号証は、前記平成六年改正後の特許法の下における特許庁の「審査・審判の運用の手引き」であるが、補正の範囲についての基本的な規定内容は、右改正前の特許法一七条二項と右改正後の特許法一七条の二第三項との間で異ならないから、右「手引き」における運用の原則は、右改正前の特許法の下でも同様に妥当するものといえる。)。この点について、被告は、当業者にとって自明な事項については、明細書又は図面に記載がなくともそこに記載されているものとして補正のできる範囲に含まれる旨主張するが、右のような解釈は、補正の範囲を限定し新規事項の追加を禁止する旨の一七条二項が設けられた平成五年法律第二六号による改正後の特許法の下においては、採り得ない解釈というべきである。
(3) 分割出願の適法要件について前記(2)のような理解に立った上で、前記(1)のような本件原出願明細書の記載と本件明細書の記載とを対比し、本件出願が分割出願の適法要件を満たすものであるか否かについて検討すると、仮に、被告の主張するように、本件発明の構成要件A(1)における「積層状に並べ」がロープと稚貝の耳部を水平置きにする構成のみならずこれらを垂直置きにする構成をも含むと解釈するならば、次に述べるとおり、本件出願は、分割出願の適法要件を満たさないこととなる。
すなわち、被告主張のような解釈に立つとすると、本件明細書には、本件発明に係る装置として、ロープと稚貝の耳部に貫通孔を形成しそこに係止具を刺し通す際の位置決めに際しこれらを垂直置きにする構成のものについても記載されていることになるところ、前記(1)で述べたとおり、本件原出願明細書においては、その特許請求の範囲で、ロープと稚貝の耳部の位置決めを「上下に積層状に重なるように」「水平方向」にするものであること、すなわち水平置きにする構成のものに限定されることが明記され、発明の詳細な説明や図面においても右のような構成の装置のみが記載されているのであるから、ロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成の本件原出願の発明に係る装置が本件原出願明細書及び図面に直接記載されていないことは明らかであり、また、本件原出願明細書及び図面の記載内容を精査しても、当業者がそこからロープと稚貝の耳部を垂直置きににして位置決めする構成の本件原出願の発明に係る装置を直接的かつ一義的に導き出せるような記載を認めることはできない。
そうすると、本件発明の構成要件A(1)の「積層状に並べ」を被告主張のように解釈すると、本件明細書には本件原出願明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものが含まれることになり、本件出願は前記(2)記載の分割出願の適法要件のうちBの要件を欠くことになる。
この点に関し、被告は、本件原出願明細書の「発明の詳細な説明」における従来技術の説明でロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成の耳吊り装置に関する発明が記載されている旨主張するところ、なるほど、本件原出願明細書の「発明の詳細な説明」の「従来の技術」の項には、特開平五ー二一一八二六号及び特開平五ー二一一八二七号の各公開公報が参照文献の一つとして挙げられ、右各公開公報中の図面に、ロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成の耳吊り装置が記載されていることが認められる(乙第一一号証、第一二号証)。しかしながら、本件原出願明細書の右記載は、本件原出願の発明の前提となる従来技術の説明に付随して参照文献として右各公開公報を挙示しているのみであり、右各公開公報に係る発明の内容を具体的に説明する記載はなく、右各公開公報に記載されたロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めする構成を本件原出願の発明において採用することを示唆する記載もないから、結局のところ、右各公開公報に関する本件原出願明細書の記載から、又はそれと本件原出願明細書中の他の記載とを総合することによって、当業者がロープと稚貝の耳部を垂直置きににして位置決めする構成の本件原出願の発明に係る装置を直接的かつ一義的に導き出すことができるとはいえない。したがって、被告が主張する右各公開公報に関する本件原出願明細書中の記載の存在を考慮しても、前記の結論が左右されるものではない。
(4) 右のように、本件出願が分割出願の適法要件を欠くということになると、特許法四四条二項による出願日の遡及は認められず、現実の出願日である平成九年五月一六日が本件発明の出願日になるところ、右出願日の前である平成八年四月二三日には既に本件原出願の発明が公開されており(乙第一〇号証)、さらに、本件原出願の発明にはないロープと稚貝の耳部を垂直置きにして位置決めするという構成の養殖貝類の耳吊り装置も右出願日以前に既に公知であったことが認められるから(乙第五号証、第六号証、第一一号証及び第一二号証)、右の現実の出願日(平成九年五月一六日)の時点を基準とすると、本件発明が、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が公知の技術に基づいて容易に発明することができたものに該当することは明らかであり、本件特許には明白な無効事由(特許法一二三条一項二号、二九条二項)が存するということになる。
(5) 右のように、本件発明の構成要件A(1)の「積層状に並べ」について、仮に、被告主張のように、ロープと稚貝の耳部を水平置きにする構成のみならずこれらを垂直置きにする構成をも含むと解釈すると、本件出願は違法な分割出願となって出願日の遡及が認められず、ひいては本件特許に明白な無効事由が存するという結論が導き出されることになる。これに対して、構成要件A(1)の「積層状に並べ」がロープと稚貝の耳部を水平置きにする構成のみを意味するとの前記(一)のような解釈に立てば、右構成は、本件原出願明細書の「特許請求の範囲」におけるロープと稚貝の耳部を「上下に積層状に重なるように」「水平方向」に位置決めする稚貝位置決め部の構成と同様のものということになるから、本件出願が前記(2)記載の分割要件を欠くことにはならず、したがって、本件特許に無効事由があるということにもならない。
このような場合には、本件出願を分割出願として行った出願人の意思及び本件出願を適法な分割出願と認めて特許した特許庁の判断を尊重し、できる限り本件特許に前記のような無効事由が生ずることのないようにその特許請求の範囲を解釈するのが相当というべきであり、かかる観点からすれば、構成要件A(1)の「積層状に並べ」については、ロープと稚貝の耳部を水平置きにする場合のみを意味するものと解釈するのが、相当である。
(三) 被告は、構成要件A(1)の「積層状に並べ」についての右のような解釈を否定する根拠として、@本件発明の目的・効果からみてロープと稚貝の耳部の並べ方が垂直置きか水平置きかは問題とならないこと、A本件原出願当時における養殖貝類の耳吊り装置としては、ロープと稚貝の耳部を水平置きにするもののみならず、垂直置きにするものも公知であったこと、B本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載中に垂直置きの状態のものを「積層状」と表現している部分があることを主張する。
しかしながら、右@及びAの点については、仮に被告が主張するとおりの事情があるとしても、これらの事情にかかわらず、出願人において特許出願の対象とする発明の範囲をロープと稚貝の耳部を水平置きに位置決めする構成のもののみに特に限定することも妨げられないところ、前記(一)で述べたような「積層状」なる文言の本来的な意味と前記(二)で述べたような本件出願の経過に関する事情を総合すれば、本件発明においては、その特許請求の範囲において、ロープと稚貝の耳部の位置決めに関する構成につき、「積層状」なる文言が用いられることによって、水平置きにする構成のもののみに限定されたものと解するのが相当というべきであるから、被告の主張する右@及びAの点は、構成要件A(1)に関する前記のような解釈を否定し得る根拠とはいえない。
また、右Bの点に関しては、確かに、本件明細書の「発明の詳細な説明」の「発明の実施の形態」の項に、「ストック部52には、作業の開始に先立ってシート状のカートリッジ85が多数横並びの積層状にストックされ」(本件公報第九欄四行目ないし六行目)との記載があり、図19ではカートリッジ85が垂直置きの状態でストック部52に収納されていることが認められるが、右記載は、実施例の説明に関する記載の一部にすぎず、内容的にみても、多数のシート状カートリッジのストック部における収納状態に関するものであって本件発明の特許請求の範囲に記載された構成自体に関する説明部分ではないことからすると、右記載における表現が必ずしも特許請求の範囲における記載文言の解釈を拘束するものとはいえない。したがって、被告が主張する右Bの点も、前記(一)及び(二)のような事情に基づく解釈を否定し得るだけの根拠になるとはいえない。
(四) 以上を総合すると、本件発明の構成要件A(1)を充足するためには、貝吊り用のロープと稚貝の耳部に貫通孔を形成するとともにそこに係止具を刺し通す際に、右ロープと稚貝の耳部を水平にして上下に重ねて配置する装置であることを要するものと、解される。
2 原告各装置が構成要件A(1)を充足するか。
原告各装置においてはいずれも、養殖ロープ51と貝7の耳部7aに貫通孔を形成するとともに右貫通孔に係止ピン59を刺し通す際、二枚の貝7が養殖ロープ51の両側にそれぞれ耳部7aを下に向けた状態で垂直に配置される状態となるのであり(別紙製品目録(一)の図7A及び7B、別紙製品目録(二)の図6A及び6B)、貝吊り用のロープと稚貝の耳部を水平にして上下に重ねて配置するものでないことは明らかであるから、原告各装置はいずれも本件発明の構成要件A(1)を充足しない。
二 争点1(三)(均等の成否)について
被告は、仮に構成要件A(1)における「積層状に並べ」がロープと稚貝の耳部を水平置きにすることのみを意味し、これらを垂直置きにする原告各装置が「積層状に並べ」との要件を文言上充足しないとしても、原告各装置は本件発明と均等の範囲にある旨主張する。
被告の右主張は、原告が指摘するとおり、当事者双方の主張が終了し争点整理が完了したものとして弁論準備手続を終結した後に、突如として提出された新たな攻撃防禦の主張であり、明らかに時期に遅れた攻撃防御の主張というべきであるから、これにより新たな主張整理ないし証拠調べを要するものであれば、却下すべきものである(民訴法一五七条一項)。しかし、本件においては、被告の均等の主張は、次に述べるとおり、明らかに理由がないので、進んで、この点についての当裁判所の判断を、示すこととする。
すなわち、本件出願は本件原出願の分割出願としてなされたものであるところ、前判示のとおり、分割出願が適法になされたというためには原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないことを要するから、本件発明は、その技術的範囲からロープと稚貝の耳部を垂直置きにする構成を除外して出願されたものと解すべきである。したがって、本件発明については、特許出願手続において、出願人が垂直置きの構成がその技術的範囲に属さないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものというべきであるから、本件において被告がこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されない(本件出願が分割出願としてなされた経緯に照らして、本件発明の技術的範囲を限定的に解釈しておきながら、他方で、これと相反する均等の主張を許すならば、分割出願の法定要件を潜脱することを結果的に許すこととなり、相当でない。)。
右のとおり、本件においては、特許出願手続の経緯に照らし、均等の成立を妨げる事情があるものといえるから、均等のその余の要件について判断するまでもなく、被告の均等の主張は採用することができない。
三 以上によれば、原告各装置はいずれも、その余の点につき判断するまでもなく本件発明の技術的範囲に属さないものである(そうである以上、本件明細書の「特許請求の範囲」請求項1を引用する形式で記載された請求項である請求項2ないし7に係る発明との関係でも、原告各装置はその技術的範囲に属しない。)。したがって、原告による原告各装置の製造・販売等は、本件特許権を侵害するものではないから、原告の本訴請求のうち主文第一項に係る請求は理由があり、他方、被告の反訴請求はいずれも理由がない。
四 争点4(不正競争防止法二条一項一三号所定の不正競争行為の存否)について
原告は、被告がその販売代理店に対し、原告各装置が本件特許権を侵害する旨の虚偽の説明を行った旨主張するところ、原告従業員の作成にかかる原告代理人宛の報告書(甲第一五号証)には、被告販売代理店を集めた会議で「原告の機械が被告の保有する特許を侵害している」旨の説明が被告からなされたことや原告販売代理店からの情報として、被告従業員が右販売代理店に原告の機械が被告の特許を侵害している旨述べたことが報告事項として記載されており、右証拠と弁論の全趣旨を総合すれば、原告主張のとおり、被告がその販売代理店に原告各装置が本件特許権を侵害する旨の説明を行った事実を認めることができる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)。
前記のとおり、原告各装置は本件特許権を侵害するものではないから、被告の前記行為は、原告と競争関係にある被告が原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を第三者に告知又は流布する行為であり、不正競争防止法二条一項一三号所定の不正競争行為に該当するものというべきである。
したがって、原告の本訴請求のうち被告に対し右不正競争行為の差止めを求める請求も、また、理由がある。
五 よって、原告の本訴請求はいずれも理由があり、被告の反訴請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第四六部
裁判長裁判官 三 村 量 一


裁判官 大 西 勝 滋


裁判官 中 吉 徹 郎





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